8月の終わりにようやくお盆休みを頂き、久しぶりに生まれ育った故郷「深山町」までポンコツ丸に乗って帰ってきた太坊主こと虎之助
深山中学相撲部で、共に汗と涙を流しながら稽古してきた同級生の「幸信」と再会する
深山中学校を卒業してから数十年…
すっかりおじさんになった二人はまるで中学時代に戻ったかのよう少年の面影が露なる
「ジバタ電器店」の跡取り息子として大事に育てられた幸信は、どこか子供っぽく、おっとりとした穏やかで優しい性格であり、甘えん坊がそのまんま年を重ねてしまった「とっつぁん坊や」を象徴させる
虎之助と性格のタイプが近かった為に
深山中学相撲部の「泣きべそコンビ」として威名を貫いていた二人
なので幸信とは話しやすく
昔から変わらず仲の良い故郷の友だった
里帰りに深山商店街で、ジバタ電器店の幸信を見つけた虎之助は、大きな声で彼を呼び、久しぶりの再会を喜んだ
太やケン坊とはまた違った交友関係がそこにある…
幸信
「それじゃあこれが保証書、大事な物だから、ちゃんと無くさず持っててくれよ
、1年間は無料で修理したるからな、いや…亀田の婆さんは特別に3年間にしてあげらい!」
亀田の婆さん
「え~…と、このボタンを押して…
…どうするんじゃったっけなぁ~…?」
幸信
「もう~…、婆さん…何度も説明したじゃろ~…?
洗剤を入れて、メニューの選択をしたら、このブルーのボタンを押すだけなんよ…」
亀田の婆さん
「本当にこれだけで洗濯が出来るんかい~?
脱水とか大丈夫なんかね~?」
幸信
「そりゃあもう、この洗濯機は新型の良ぇ~ヤツじゃけん、乾燥機機能付きやから、呼び出し音が鳴ったら、後は畳むだけでええんよ、婆さんその方が楽じゃろ?」
亀田の婆さん
「私はどうも二層式洗濯機じゃないと落ち着かんのよねぇ…~…」
幸信
「婆さん~…、二層式洗濯機なんてもう20年前だょ、いや、もっと前か…
この洗濯機は布団の丸洗いも出来るから便利やでぇ~♪ひ孫がオネショしても安心便利♪」
亀田の婆さん
「家はまだひ孫がおらんのよ~…、あんた、良かったら孫娘を嫁に貰ってくれんかの~?」
虎之助
「ユキラスやったぁ~!嫁さんもらえるって!」
幸信
「い…!嫌だよぅ~…、そんなぁ…、結婚なんて…」
虎之助
「なんで~…?ユキラスは子供好欲しがってたやんか?
この際結婚して、早く子供作れって!」
幸信
「こ…子供は欲しいけど…
結婚は無理だよぅ~…」
亀田の婆さん
「嫁さんもらわにゃ子供は作れんじゃろ~…」
幸信
「だ…だって…その……まだやった事ないし…、どういうふうにやるのかわからないし…」
幸信はまだ女性経験が1度もない
それどころか彼女が出来た試しも無い
私が幸信に結婚を強く進めたのも
密かに幸信は男が好きなのではないのかと疑っていたのもあった
昔から女っ気が0だった幸信は、私と同じ性好の持ち主なのかもしれないと確信しているのである
そして幸信は動揺を隠せない慌てふためいた表情で
幸信
「も…もぅいいよぅ~…、結婚の話は…
虎助どうなんだよ、お前だってまだ独身だろ?」
と、私の性事情を知っているはずの幸信が私に振ってくる
虎之助
「な、なんだよ!貧乏で甲斐性なしの自分なんかより、電器店で稼いでいるお前の方が有利だろう~…?」
と、私も逃れるように幸信に振って返す
亀田の婆さん
「あれまぁ…坊主のあんたも嫁さんおらんのかい…二人共情けないのぅ~…」
幸信
「あぁ~…!もう昼飯の時間だから帰らないと…!
婆さん、保証書と説明書、このファイルの中に入れておくから絶対無くさないでおくれな、もし洗濯機の調子がおかしくなったらすぐ電話しぃや!すぐ飛んで行くから!、あ!あと、詰め替え用の液体洗剤1ダース入りの箱、これサービスだから使ってな!洗濯機の横に置いとくよ!」
亀田の婆さん
「まぁまぁ、お昼なら家で食べていけばええ、これからお魚焼くところやけん、ちょっとお待ち」
幸信
「婆さん有り難いけどいいよぉ~…
昼飯はお母さんが作って待ってるからそれ食べないと…
虎助、じゃあ家帰ろうや!昼飯食おう」
虎之助
「えぇ…!?いいのか…?」
亀田の婆さん
「そぅ遠慮せんと、塩さば焼くけんお食べぇや…」
幸信
「ゴメンよ婆さん、せっかく昼飯招いてくれてるのに…
家でもう昼飯の準備が出来てるからいいんだよ…」
亀田の婆さん
「そうか…もぅ行くんか…寂しいのぅ…
ほならちょいと待っとき…」
亀田のお婆ちゃんは、ゆっくり台所へ行くと、冷蔵庫をゴトゴト探りだす
そして中から霜まみれのアイスを持ってきてくれた
亀田の婆さん
「これ、二人で半分こしてお食べ」
そう言って亀田のお婆ちゃんがくれたアイスは「パピコ」だった
パピコをもらって、ジバタ電器店の軽トラックに100キロ超の重い二人が乗る
するとズシッ…と車体が沈む感触がわかる
幸信が亀田のお婆ちゃんに手を降ると、ギアをまたグッグッグッ!と切り替えだして私の太ももに当たる、「ぶぉおんぅおんぉんぅおん!キキキキー!!」と重さに耐えかねないような音をたてて軽トラックは発進する
その間、お婆ちゃんは車が坂道の下りで見えなくなるまでず~…っと玄関前に立って見送っていた…
その姿はなんとなく寂しそうに見え、私も坂道で見えなくなるまでお婆ちゃんをサイドミラーから見ていた…
6年前にご主人が無くなられてからずっと一人で暮らしている亀田のお婆ちゃん
山の上の畑付近に住んでいるので、そう頻繁に買い物には行けない
お婆ちゃんは普段からアイス等は食べないらしい…
この霜まみれになったアイス「パピコ」はいつ頃買った物なのかな…
きっと家に来てくれた客人用に買っておいたアイスだったのだろう…
霜まみれの具合からして、結構長い間
お婆ちゃんの家には誰も訪れていない事がわかる…
きっと寂しいはず…
できれば一緒に塩さばを食べてあげたかった…
パピコを幸信と半分こして帰りの軽トラックの中で食べながら帰る
下り坂の傾斜がキツい、この坂道を亀田のお婆ちゃんは幾度も登り降りして生活している事を考えると、何だか後ろめたしい気持ちが募ってくる…
今ごろ塩さばを焼いているのかなぁ…
一人分で一匹だけの塩さばを…
来年は亀田のお婆ちゃん家で、一緒に塩さばを食べてあげようと…
冷たいパピコを口にくわえてチュウチュウ吸い、田んぼや山谷周辺を飛び回る沢山のトンボを眺めながらそう思った…
来年までも元気で居てくれるかなぁ…?