良く晴れた日
空は雲一つない秋晴れの天気模様
私は深い眠りについていたが、朝の光を額に受けてようやく目を覚ましたようだ
高速バスに何時間も揺られ、いよいよ目的の場所へ到着する
「日本消防庁消防隊員訓練学校」
ついにこの日がきた…
私は幼い頃から夢見ていた「消防士」になるため、この消防隊員訓練学校へ3泊4日の消防士試験を受ける為に、遥々ここまでやってきたのだ
高速バスは広い広い駐車場に着くと、エンジンを止めて停車した
運転手さんは「皆さん長らくお待たせ致しました、ただいま日本消防庁消防隊員訓練学校へと到着致しましたので、お忘れ物等無いよう注意してバスをお降り下さい」
と、アナウンスする
さぁ、いよいよ消防隊員訓練学校へと到着した…ここからが本番だ…
私は緊張と期待に胸を膨らませながら、
大きなスポーツバックを肩に掛けるようにしてバスを降りた
受講生は、私を含めて15人
中にはまだ高校を卒業したばかりの若い坊主頭の男の子もいれば、私よりも年上のおじさんや、同年代に近い男性に、体育会系出身で気合いの入ったエネルギッシュな男性等が居て個性は様々だ
ここに居る皆は今日、消防隊員になるために日々努力に努力を重ねてこの日を迎えたのであろう、私もその中の一人になる…
この消防隊員訓練学校で受講するからには、皆がライバルだ
私は両親の猛反対を受けて、この試験の受講にやって来た
今の仕事はどうするんだ!?
こんな歳で消防士なんてなれるはずがない!
怖がりで臆病者のクセに!
散々言われた
もちろん自分でも馬鹿な野望だとわかっている…
「命懸けの仕事」「失敗は許されない仕事」「死と隣り合わせの仕事」
そして…「人の命を救う仕事」
仏に祈るだけでは人を救えない
人の命を救う仕事がしたい!
人の為に生きたい!
灼熱の炎から人を守りたい!
私は絶対に消防士になる!
両親にそう力説し、勘当覚悟で自分の信念を押し切り、ようやく消防隊員試験受講の許しを得たのだ
私も中年に差し掛かる年頃
決して若くは無い
もうやり直しは効かない
これが最後の挑戦だと覚悟を決めてここまでやってきた
もう迷いの欠片の一つもない!私の第二の人生はこれから始まるんだ!
私は目の前に聳え立つ、日本消防庁消防隊員訓練学校の雄大かつ新明なその姿に怖れる事無く胸を張って立ち向かう
もう誰にも泣きべそで小便たれの虎之助だなんて言わせない
私に出来るこの命で…
火事や火災で助けを求めている大勢の命を救うんだ!
夢と希望、そして沢山の荷物が入ったadidasのスポーツバッグを肩に掛け直し、私は消防隊員訓練学校の入り口へと向かった
私は歩きながらジャンパーの胸ポケットに入れている龍玄さんの写真を取り出して、一人呟いた…
龍玄さん…
ごめんなさい…
何も相談せずにこんな事になってしまって…
同じ道を歩んで行く筈だったのに…
潔く滝行に勤しんでいるその姿に憧れて、僕は大人になったら龍玄さんのようになるんだと決めていた筈なのに…
でも龍玄さんだったら怒ったり反対したりしないよね…?
必ず立派な消防士になって帰ってくるから…
消防士になってもお経は忘れず唱えてあげるから…
…どうか見守っていてね…
色褪せた写真の中に居る龍玄さんは
幼い頃から見せてくれていた大黒様のような福々しく、日本人らしい顔立ちに優しい笑みを浮かべている
愛用の黒い作務衣に身を纏うその姿が懐かしく、そして愛しくもあり
龍玄さんの優しい笑みに一粒の滴が落ちる…
もう新聞配達も、滝行も、お四国巡礼も、ポンコツ丸で色んな所に旅をする事も、ジャージで田園地帯をウォーキングする事も…
全てを捨ててここまで来た…
こんな所で泣いてなんかいられない…
私はジャンパーの裾で、目をゴシゴシ擦りながら、消防隊員訓練学校の入り口を潜った
私はこれから始まる涙無しでは語れない、想像以上に苛酷で厳しい消防隊員試験が待ち受ける事となるのであった
「続」