秋晴れの晴天の下
バスを降りた僕は、ついに実現しようとしている夢と希望に気持ちを高ぶらせがらも胸を張って「日本消防庁消防隊員訓練学校」の入り口へと歩いて行く
優しい笑みを浮かべている龍玄さんの色褪せた写真をジャンパーの胸ポケットに入れ、重いスポーツバッグを肩に掛け直す
これまで生活の糧となっていた新聞配達、滝行、お四国お遍路巡礼、ポンコツ丸との旅、たまに描いていたイラストも、全てを失う覚悟でやってきた
幼い頃から夢みた憧れの「消防士」になるため
火災に遭い、灼熱の炎の中から助けを求めている人を救うため
危険な炎から一人でも多くの命を守るため
僕は必ず消防士になる!
龍玄さん、どうか見守っていてね…
決意を新たに誓った僕にはもう迷いは無い
目の前に立ちはだかる消防学校の入り口へ向かう
何だか自分が信じられないような気分だ…
ほんの数日前まで新聞配達をして御経を読んでいた自分が、まさか消防士になるために、こんな遠い場所へやって来ているのだから…
もうあの頃の自分には戻れない…
後悔もしない…
僕はここから変わるんだ…
歩きながらも募る想いは治まらない、僕はついに「日本消防庁消防隊員訓練学校」の入り口を潜った
これから始まる新たな夢への挑戦
虎之助の第二の人生、本当の七転び八起き人生が始まったのである
Boarding ~消防士への道~
第1話
「第2の人生への幕開け」
前編
入り口に入ると、あの見覚えのあるオレンジの制服を着た隊員さんが5人居た
その内の2人は、今回消防隊員試験を受講する皆の名簿への本人確認のための受付業務をしている
まだ各々話をしない15人の受講生達は、それぞれ2列に並んで用紙に住所と名前を記入して印鑑を押せば、自分の番号札を渡されるようになる
受付の消防隊員
「はい、この用紙に住所と名前を書いて、その横の欄に印鑑を押すように」
力の入った口調でハキハキ話す消防隊員さんに言われた通り、僕は渡された用紙に住所と名前を記入し、その横の欄に印鑑を押した
消防隊員
「はい、これが君の受験番号ね!及び隊員番号にもなるから」
そう言って消防隊員さんは僕に番号札を渡した
自分に渡された番号…
それは
「8番」だった
8番かぁ…
88ヶ所の8、108の煩悩の8…
所縁のある好きな数字だ…
これから自分はここで8番隊員と呼ばれるのか…
8番隊員出動!とか言われるんだろうなぁ…
まだ実感沸かないが、そのうち慣れていくだろう…
消防隊員
「それじゃあここに一旦荷物を置いてから、この番号札を持って、あの向こうにある会議室に入ってね、すぐに局長と教官、副教官からの挨拶があるから」
虎之助
「はい」
消防隊員さんに言われて僕は一言返事をし、受講生の皆と一緒に会議室へと向かう
まだ皆誰とも話さない…
無言のまま、足音だけが廊下に響き渡る
会議室へ入ると長い机が4つ、前方2列、後方2列と並べられ、それぞれ4つの椅子が置かれているが、後方の1つは椅子が3つのみ、これで全員15人分という事になる、机の上に番号が表示された紙が貼ってあり、それが今しがた渡された番号札の数字と合わせて受講生達がそこに座るようになる
僕は前方右側で1番角の席に「8番」と表示された場所の椅子に腰を下ろした
自分の座っている席には、5番、6番、7番、8番、の受講生が座るようになる
そして自分の机には
5番、まだ高校を卒業したばかりの若い男の子
6番、自分よりも更に歳上の無愛想で無口そうなおじさん
7番、自分とはわりと歳が近そうな少しチャラ目でお兄さん風の男性が席に着いた
これはもしかして相部屋のメンバーになるのでは…?
と思ったが、まさにその通りであり、後に的中する事になる
お互いに顔を合わせて「どうも…」と小さく会釈し、
また口を閉ざして何も話さなくなった
暫くすると、3人の消防隊員が会議室へ入って来て、自分達が座っている席の前に立つ
真ん中には白髪混じりで1番偉い感じのする堅実そうな年輩のおじさん
右には頭のてっぺんが薄く禿げていて目が細く、眼鏡をかけている厳しそうなサラリーマン風のおじさん
そして左にいるのは、入ってきた瞬間に皆がその隊員に視線が集中したであろう、身長185cm、体重は100kg程の迫力ある大男のおじさんだが
まず見た目がヤバすぎる…これは相当恐い人だろうな…と皆が感じていたはずだ
少しどよめいたが、すぐに静まり返った会議室、自分達の前に立っている3人の消防隊員さんは、手を後ろに組んだ姿勢になると、突如真剣な表情へと変わった
そして真ん中の1番偉いと思われる消防隊員さんが口を開いた
沖田消防局長
「受講生の皆さん、おはようございます」
と最初に挨拶すると
受講生の皆も「おはようございます」と挨拶を返したすぐ後だった…
横田教官
「なんだその小さな挨拶はぁぁああっっ!!!声が全然出てないやろがぁぁぁぁあああ!!!
お前ら何しに来たんじゃあ!!あっ?消防隊員目指してここに来たんじゃろがぁああっっ!!!」
例の大男が突然の罵声を上たのだ、受講生の皆は「ビクッ!」と一瞬体が反応する
横田教官
「今みたいな返事をもう1度してみろ、荷物まとめて帰ってもらうからなあっ!分かっとんかお前らっ!」
受講生
「はいっっ!!!」
慌てて受講生達は大きな声で返事を返す
自分もかなりビビってしまったが、ハッキリと返事せざるを得ない
横田教官
「沖田局長、すみませんもう一度お願い致します」
沖田局長
「はい、それでは受講生の皆さん、おはようございます!」
受講生
「おはようございますっっっ!!!」
受講生全員ビクビクしながら左の大男の反応を気にしてか、顔色を伺っている
横田教官
「まだ小さいのぅ…まぁ…今日はこれぐらいで勘弁しとていてやる、たがよぉ~く覚えとけよ、ここは普通の会社じゃないんだからな、民間企業とは違うんだ!お前らはサラリーマンなんかじゃない!!、1分1秒の遅れも許されない命を救う消防隊員になるためにここへ来てるんだ!学校でも高校や大学とは訳が違うぞ!
しっかり自覚しなければ、この仕事は務まらない!!わかったかっ!!」
受講生
「はいっっっ!!!」
まだ試験も受けていないのにこの有り様だった
しかしこれが消防士の世界ではまだまだ序の口中の序の口
この世界は人命救助、人の命を救うのが仕事
次、失敗、やり直し、もう一度、そんな甘えは絶対許されない
僕はまだ消防隊員になるための扉を開けたばかり
この先一体どうなってしまうのか、それはまだ自分にも分からない…
ただ一筋縄ではいかないであろう、この想像以上の過酷な世界に、辛く厳しい涙の日々がこれから始まるのだと感じた…
、夢と希望に溢れていた虎之助に、ほんの少し怪しい雲の陰りが見え隠れする…