「ありがとうございましたー♪」
docomoショップの店員さんに、店の出入り口まで見送られながら僕は
仕事で乗っている保冷車の軽トラックへとウキウキ気分で向かっていった
当時僕が本業でしていた仕事、それは飲食店、主に食堂やレストラン、ラーメン店やうどん屋さんへ食材となる精肉等を配達する
いわばルート配送の会社に勤めていた
配送業者として、ルート営業もしなければならなかったが、営業成績は会社内では一番良かった為、そこそこのノルマを達成した月は、配達が終了する昼過ぎには美味しい店でランチを堪能したり、BOOK・OFFで立ち読みしたり、海岸沿いの日陰で昼寝をしたりと緩やかな午後を過ごしていた
僕は今治市のルートが担当している
今治市のルートは一度配達に出ると、仕事が終わる夕方まで会社に戻らなくて済む一番自由な配達エリアだ
松山市ルートの地元エリアだと、昼時や追加注文等で会社にちょくちょく戻らないといけないのたが、今治市のルートにはそれが全く無い
なので自由奔放で優々とサボりが出来る一番美味しいルートとして皆から羨ましがられていた
そして今日僕が、docomoショップへ行ったのは今話題のカメラ付き携帯へと機種変更するのが目的だったからだ
僕が前まで使っていた携帯は、docomoの「502i」
バックライトが緑で電子音が4和音程度の古い携帯だった
そして今日機種変更したのは、docomoの「504is 」
CMでは吉沢悠が
誰か僕と写真撮りませんかー!?「docomoから世界最強カメラ付きのiショット携帯!!504is !!」新登場!
…と、幾度となくテレビで流れていた…
ついこの間まで周囲から、まだそんな古くさい携帯使ってるのか!?と、散々煽られていたが
ついに念願だった初のカラー液晶と初のカメラ付き携帯を今日から扱うようになるのだ!
これで明日から皆に馬鹿にされないぞー!!と…一人優越感に浸りながらも車を波止浜海岸へと走らせていた時、一軒のレストランが目に入る
「オリ○ント八○亭」
そうだ
オリ○ント八○亭で、名物の唐揚げランチを食べよう!
先ずは腹ごしらえをしてからだ!
僕は波止浜海岸へと向かう三差路信号の30m手前にあるレストラン八○亭へと入って行く
このお店、オリ○ント八○亭の唐揚げランチは、拳骨大の唐揚げ5つにライスとサラダがついて、たったの700円!!
そんな驚きの安さでボリュームも満点!
肉厚ジューシーで熱々チキンはかの有名店、ケン○ッキーなんかよりも遥かに美味い!
なので今現在でもオリ○ント八○亭の唐揚げランチは大変重宝しているメニューだ
今治市は隠れ名店たるものがそこそこ存在している、その中でも「コットン○ール」はかなりの名店レストラン
お昼時ともなると必ず満席になるので、僕はだいたいお店が空いてくる午後3時頃に出向いて、のんびりハンバーグを頬張るのがこの今治方面の楽しみだった
拳骨大の唐揚げランチが運ばれてくる
僕は大きく口を開けて骨付きの揚げたてを「カリリ…」とかぶりついた
サクサクに歯ごたえ充分な衣の中は、とっても肉厚ジューシーで熱々な肉汁までもが滴ってくる、なので気をつけないと即舌火傷してしまうので要注意だ
僕は大きな唐揚げをハフハフ…!と、口いっぱいに頬張りながら
ついさっき機種変更したばかりの最新携帯「504is 」に目を向けると
今回までの事の経緯を振り返ってみる…
カメラ付き携帯へと機種変更した理由…
それは
「ある人物」とお互い確認の為の、顔写真の画像交換するのが目的だったからである
その相手こそ
僕が初めて男同士で好きになり
初めて唇を重ねてお互い愛し合った一人の男性だった
…
海岸をバックに写真を撮った画像を「あつし」さんに送りたい…
早くお昼を済まして撮影に行きたいが
唐揚げがまだまだ熱くて急いで食べる事が出来ない…
菜の花が満開を迎えるこの季節になると思い出す…
いてもたってもいられないあの時の逸る気持ち…
造船の町、今治市の「波止浜」
波の音と塩の香り…
少しづつ日差しも暖かくなってきたお昼過ぎの陽気頃…
やっぱりお昼はゆっくり食べよう…
お店の有線からは
I Wish の「明日への扉」が流れていた…
「しまんとえれじぃ」
~僕が初めてキスした柔道おじさん~
-朝日に浮かぶ三日月編-
あの土曜日の夜から一週間が経つ…
あれから僕は、毎晩ゲイ雑誌○-manを読んで色々な事を知った…
まずHをする時
ゲイにはそれぞれ役割が分かれているそうだ
タチ
相手の肛門に摩羅を投入する側
ウケ
自分の肛門に摩羅を入れられる側、別名ネコ
自分はどちらの方に当てはまるのかはよく解らなかった
ところてん
摩羅をしごかない状態で自らの意思とは反して射精してしまう現象?
なんか失禁の射精盤みたいだなと思った
アナル
肛門の呼び名
ガチムチ、SG
ガッシリ筋肉質の逞しい男性を示す専門用語
他にも
ガチぽちゃ、略してガチポ
ゆるぽちゃ、略してユルポ
等もある
異性愛者の事はゲイの世界ではノンケと呼ぶらしい…
ゲイビデオ
ありとあらゆる種類に驚いたが、特に気になったのは
ふと○ま
メインモデルはm○to
ガチムチ
メインモデル、けい○ち
この二人は凄くカッコ良いなぁ…と思った
ゲイバー
ゲイだけが集まって飲める夜のお店
それぞれタイプ別に分かれていて、デブ専、老け専、ジャニ細専、髭SGガチムチ体育会系専、リーマン系、アニキ系、等々、その数は豊富であり、中には褌で飲める褌Dayを開催しているお店もある
○-manは、巻頭グラビアを除くと漫画や小説、ビデオ紹介、お店や出張マッサージ等の広告が大半を占めている
グラビア写真は思ったほどより少ないので、少し拍子抜けしてしまった
しかし
その中で、僕はひとつ気になったコーナーがあった…
それは日本全国各地から出会いを求める人達のプロフィールとメッセージが掲載されている
「メイル○クラン○ル」
という文通欄のコーナーだった
全国から様々なメッセージが載せられている…
自分がガッチリ太い固太体系好みなので、なるべく体重が90kg以上ある運動部出身の男に的を絞って見てみると…
僕はあるひとつの文通欄に目が止まった…
岡山県
「あつし」
165cm×105kg×45歳
自分
短髪、太目筋肉質
希望する相手
年下、太目筋肉質
初めまして、現役で柔道をしている既婚者のおじさんです、どこか少年のような子供っぽい面影を残している年下で、弟のような可愛い子がいいな、俺と同じ武道経験者で体重90kg以上の方のみを希望しています、近場であれば週末に飯でも一緒に食べて、まったりしたいな
画像送付の方は返事確実、よろしく。
僕は何度も何度も文通欄のメッセージを読んだ…
柔道経験者、歳上のおじさん、身長と体重もさほど自分と変わらない…
歳下で体重は108kg、武道は相撲の経験あり、今もジムでトレーニングしてるから、僕はガチムチSGの部類に入って良いのかな…?
こんな近場で…
これ程お互いの条件が揃っているのは他には無い…
しかもこの文通欄には自身のeメールアドレスがしっかり掲載されている…
メイル○クラン○ルでは手紙を送るのが主流だが
メールだと素早く相手とアクセスが取れる
僕は徐に携帯電話を取り、パカッ…♪と開けた…
画面をメールの作成文画面へと切り返す…
この人のことが気になってしょうがない…
ようし…
おもいきって
メールを送ってみよう…
僕はドキドキしながら震える指先でメールの文章を作成した
「初めまして
○-manのメイル○クラン○ル の文通欄を見て興味を持ったのでメールを送りました、
僕は愛媛県在住の伸一といいます、身長○○cm 、体重108kgの20歳です
学生時代は相撲部に所属していて現在もジムでトレーニングに励んでいます
まだこちらの世界に入ったばかりです
僕は子供の頃から、お腹が出ている固太で歳上のおじさんに憧れていました
性格は猫みたいに甘えるタイプです
もし良ければお返事下さい、宜しくお願い致します、それでは失礼しました。」
よしっ…
この文章で送る事にしよう…
ハンドルネームは「伸一」、この名前は龍玄さんが「虎之助」と名付ける前に、父と母から候補に上がっていた名前の一つなのである
こちらの世界で虎之助は名乗れない…
両親が名付けようとした
「伸一」が、こちらでどう育ってくれるのか…
僕は微かな希望を抱く…
あとは宛先にメールアドレスを入力するだけ…
このアルファベットに切り替え作業はどうも苦手だ…
・・・・・・・・・・
入力完了…
タイトルはとりあえず
「初めまして」にする
これで送信ボタンを押せば…
・・・・・・・・・
送信ボタンがなかなか押せない…
もし相手の奥さんに見られたら…
返事が返ってこなかったら…
ひょっとして悪い人の罠だったりして…
色々なマイナス要素が頭の中を過る…
送信ボタンを押せずに指先をプルプル震わしている自分…
どうしよう・・・
どうしよう・・・
なんだか怖くなってきた…
やっぱり止めておいたほうがいいかな…
どうも踏ん切りがつかない僕は…
深呼吸をして、目をそっ…と閉じた…
「どうかこのあつしさんが良い男性でありますように…」
結婚しているんだ…
悪い人なんかじゃない…
いざとなったら得意の突き押しをくらわして…
あ…通用しないか…
う~・・・・・・ん・・
もういいや!どうにでもなれ!
じれったくなった僕は、ついに送信ボタンを
「ピ…♪」
…と押した…
「送信しました」
この文字、この画面…
見慣れているハズなのに…
今回ばかりは新しい男同士の世界へと導かれた合図のようにも見えてしまった…
はぁ・・・はぁ・・・
はぁ・・・はぁ・・・
あ~・・・、なんか緊張しすぎて疲れた・・・
後は返事を返ってくるのを待つばかり…
その日は風呂に入った後、晩ごはんにアジの塩焼きとアサリの味噌汁を作って食する…
そして夜テレビを見ながらベッドでごろごろしていると、いつの間にかウトウトと寝てしまっていたようだ…
すると
夜の12時を回る頃…
突然、携帯からメール着信音が鳴った!!
「テーレレーレ♪レーレーレ♪レーレーレーレーレレ♪」(世界にひとつだけの花)
僕は「まさかっ!!」と思い、ベッドから飛び起きるとすぐに携帯をパカッ♪と開いてメールを確認する
タイトル
「伸一くんへ」
と書かれてあるのが見える…
それを見た僕は…
うぉぉぉぉぉおおお!!
きたぁぁぁぁあああ!!
と、歓喜の喜びを叫ぶ
あの時の喜びと興奮は今でもよく覚えている…
よしっ!…やったぁ!…
返事が来たぞっ…!
はぁ…!はぁ…!はぁ…!
興奮冷めやらぬ状態で、僕はメールの文章を確認してみる
内容はこんな感じだった
「伸一くんこんばんは!
メールありがとう!
柔道の稽古と指導をしているあつしです
学生時代に相撲をしていたおデブの伸一くんに凄ーく興味があるな!(^o^)
どんな容姿か大変気になったので返信しました
携帯から画像送れないかな?
もし可能なら宜しくお願いします、俺のもちゃんと、送れるからね!
あと、家に居るときはこの時間帯にしかメール出来ません、夜遅くなって起こしてしまったかな?ゴメンねm(__)m
また明日お返事待ってます!
おやすみ!」
このメールを見た僕はもう…
すっかり目が覚めてしまい
、約小一時間はこのメールの文章を眺めていたと思う…
再度寝ようとするが全く眠ることが出来ず、結局朝までずっと起きていた
テレビから深夜のテレフォンショッピングが始まる…
その画面をボォー・・・と眺めながら色々な事を考えていた
あつしさんがどんなおじさんなのか見てみたい、僕の画像も送って見てもらいたい…
今使っている携帯電話もだいぶ古くなってしまい、電池の消費が物凄く激しいので仕事中は程々困っていたとこだった…
ようし!
丁度良い機会だから、この際新しい携帯電話に機種変更しよう!
今一番最新のカラーでカメラ付きのヤツに!
docomoのポイントも貯まってるから、そこそこ安く買えるハズ!
明日、いや今日は日曜日だからdocomoショップは混んでるな…
月曜日の仕事中、配達が終わってからTSUTAYAの正面にあるdocomoショップで機種変更しよっと!
僕はそう決心すると、すぐにテレビを消して部屋の灯りも消した
そしてベッドに潜ってからも、あつしさんから来た返信メールを暗がりの部屋内で一人ずっと眺めている…
液晶ライトを顔に当てながら…
はぁ…
あつしさん…
と、ため息混じりに呟きながらまた色々と考えてしまう…
今日の朝にお返事したら迷惑かなぁ…?
お昼頃ならどうだろう…
やっぱり夜10時を過ぎたぐらいが良いかなぁ~…?
もうすぐカメラ付き携帯に機種変更するからね!ってお返事しなくっちゃっ!
僕は古くなった携帯電話のメール画面を
外が明るくなるまでずっと…
ずっと…
ずっと…
眺めながら考えていた…
こんなに夢中になりすぎる程にメールの文章が愛しく感じてしまうのは初めての事だった…
部屋には時計の音だけが
カツ…カツ…カツ…
…と、暗い部屋で静かに音を立てている…
あつしさんに会いたいなぁ
…
いつか本当に会えたら嬉しいだろうなぁ…
もしそうなったら、僕は嬉しくて絶対に泣いてしまうだろうなぁ…
どうしても堪えきれずに泣いてしまったら…
あつしさんの分厚い胸板か大きなお腹に顔を埋めながら…
柔道で鍛えたそのゴツい手で頭をなでなでしてもらいたいなぁ~…
嗚呼…
胸が苦しい…
頭からあつしさんの事が離れない…
来週仕事出来るかどうか心配になってきた…
あつしさん…
本気で恋をしてしまった時の苦しさ…
こんなに辛くて切なくて寂しい事だったなんて…
僕は全然知らなかった…
龍玄さんの時とはまた感じが違う…
それはお互いが同じ男が好きな者同士だからかなぁ…?
色々な事を考えながらも、時間はただひたすら刻々と過ぎてゆく…
やがてだんだんと外が明るくなってきた…
ついさっきまで真っ暗闇な部屋だったが、ようやく家具や天井辺りがよく見渡せるようになる…
空がネイビー色から淡いブルー色に変わる頃、夜空の星たちはうっすらと姿を消して星の世界へと帰ってゆく…
だけどお月様だけは
星たちにおいてけぼりにされて取り残されたままになっている…
早朝の青空の中、ぽつん…と、白く浮かぶ
ちょっぴり寂しそうな三日月のお月さま
…
夜空を照らすムーンライトから眩しい太陽のサンシャインへとバトンタッチされてしまった…
役目を果たした三日月お月さま
今はただ黙って皆を見守るだけのモーニングムーン…
ただこちらを見てほしそうに…
じっと浮かんでいるだけだ…
やがて日ものぼり始める頃…
窓の外からは車やバイクのエンジン音に、自転車の音や家の前を歩く人達の話し声が聞こえてくるようになる…
明るい日曜日の朝がやってきた…
今日も天気は晴れて絶好のお出かけ日和…
そして
燦々と太陽が東からのぼり、
山々とビルの隙間から光輝く朝の眩しい光が窓から射し込め始めた頃…
虎之助は携帯電話を握りしめたまま…
ようやく寝息をたてて深い眠りについたのであった…
この時はまだ知らなかった…
僕があつしさんと本当に再開して、高知まで2泊3日の小旅行をする事になるなんて…
夢にも思わなかったんだ…
3月の終わりの春の頃…
桜の蕾はまだ目を覚まさない…
今やっと眠りについた
恋する青年のように…
眩しい日差しが射し込める部屋には
時計の音と、あつしさんへの恋煩いに夜更かしをしてしまった虎之助の小さな寝息だけが…
静かに音を鳴らしていた…